小島貞調教師急死、自殺か…60歳 ミホノブルボンの主戦

1992年の皐月賞、ダービーの2冠を制したミホノブルボンの主戦として知られる小島貞博(こじま・さだひろ)調教師が23日午後6時36分、滋賀県栗東市内の病院で急死した。死因について滋賀県警草津署は自殺と見ている。60歳だった。通夜、告別式の日程については未定。

 小島貞調教師は北海道出身で、1971年に栗東・戸山為夫厩舎所属で騎手デビュー。70年代後半から障害戦で頭角を現し、テンポイントの弟キングスポイントで82年の中山大障害春秋連覇をはじめ重賞5勝を挙げるなど活躍した。90年代に入ると平地での活躍も顕著となり、戸山調教師のスパルタ調教で鍛えられ、“坂路の申し子”と呼ばれたミホノブルボンで91年に朝日杯3歳S(現朝日杯FS)を勝ち、平地GI初制覇。翌92年には皐月賞、ダービーをともに逃げ切って2冠を達成、菊花賞はライスシャワーの2着に敗れ3冠は惜しくも逃した。

 戸山師が93年に死去した後は、鶴留厩舎の主戦として活躍し、95年にはタヤスツヨシでダービーを再び勝ち、史上10人目のダービー2勝ジョッキーとなった。

 騎手成績は4722戦495勝、重賞27勝で、2001年に調教師に転身。05年のJRA最優秀障害馬テイエムドラゴン(同年中山大障害)などを育てた。調教師成績は1705戦137勝、重賞5勝。田嶋翔騎手(30)=栗・フリー=は娘婿。今月15日の京都9R山科Sをシゲルソウウンで勝った際は表彰式に出席するなど、最近まで元気な姿を見せていた。
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by dfafdfhadfh | 2012-01-24 13:00